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『ハム・ソーセージ工房 kazusaya』 原 美砂子さん

アインベルクのブログを始めたら、真っ先に書きたいと思っていたのが、昨年春に惜しまれつつも閉店した『ハム・ソーセージ工房 kazusaya』の原美砂子さんのことです。

 

ハムソー業界では珍しい女性の職人さんでした。

 

なんとなく、「ハム職人=マッチョ」というイメージを抱いていた私は、2020年10月に共通の取引業者さんの案内でアインベルクを訪れてくださった美砂子さんに初めてお会いして、そのイメージとのギャップにとても驚きました。

 

モヘアのセーターに少し光沢のあるロングプリーツスカート、ヒールのあるショートブーツ、秋らしいファーバッグと合わせた小さなファーのイヤリングが耳元で揺れて可愛らしい。

 

何よりその柔和で優しい笑顔に、「本当にあんな肉体労働を毎日やっていらっしゃるのですか??」と失礼ながらも尊敬の念を持って聞いてしまいました…。美砂子さんは「そうですよー!私しか作る人いないですからね!」とバイタリティあふれる声量で答えてくれました。

 

2019年開催のIFFA食肉加工コンテストでは、20品目出品中19品目で金メダルを受賞するという快挙を成し遂げた方です(ちなみに、アインベルクは8品目出して7つの金と1つの銀でした)。

 

さいたま市でお父さまが始めたkazusayaさん。その味は長女の美砂子さんが作り手として受け継ぎ、妹さんやお母さまが接客してお客様に届ける… この家族経営のスタイルは、私たちが大いにお手本とさせていただきました。

 

夫が30代に入り脱サラしてソーセージ職人の修行を始めてから間もなく、kazasayaさんのお店に二人で出かけたことがあります。もう15年近く前のことです。住宅地の中に、ヨーロッパのどこかの国の絵はがきで見たような可愛らしい外装のお店がありました。

 

赤い取っ手を引いてドアを開けると、1階はショーケースに何十種類ものハムやソーセージが並び、お客さんが買い物の順番を待っています。奥の工房ではお父さまとおそらく美砂子さんだったのでしょう、お若い女性の方が作業をしているのが見えました。吹き抜けでつながる2階フロアはイートインスペースで、常連らしき方々がソーセージとビールを楽しんでいるようでした。とても素敵なお店です。

 

夫はとにかく興味津々で、いろいろなところを見てはぼそぼそ独り言を言っています。私と言えば、夫の脱サラをようやく受け入れられたような時期だったので、知識も興味もほぼゼロ。こんなお店を将来自分たちも開けるのだろうか…… と迷路に入りこんだような心持ちになったことを覚えています。

 

そこから約10年が経ち、私たちは念願のお店を開きました。

 

「夫が作り、妻が売る」ー 簡単にできると甘く考えていた私は、慣れない接客や製造作業、自営にまつわるあらゆる事務作業などに忙殺されストレスが溜まる一方…。夫の言葉を素直に聞き入れられない私に、夫は「kazusayaさんのHPを見てみたら」と一言。そこから、美砂子さんが書いているブログを見たりして、何かと参考にし真似させていただいていました。

 

そんな美砂子さんが一昨年の秋にアインベルクに来てくださった時には、夫以上に私が感激してしまいました。年末の繁忙期の対応をまだ上手にできなかった私は、美砂子さんを質問攻めに。そのすべてに「こうすればいいよ」と惜しみなくノウハウを教えてくださった美砂子さん。おかげでその年の年末は例年以上の手応えをつかむことができました。

 

本来ならお礼の手紙でもお送りすべき立場の私たちですが、12月をなんとか乗り切り、年が明けて2021年の正月休みをふぬけ状態で過ごしていたところに、美砂子さんから年賀状が届きました。

 

 

 「今年も楽しくやっていきましょう!!」

 

その筆使いに美砂子さんの笑顔が浮かんでいます。「またいつか会えるといいね。kazusayaさんにもまた行きたいね」と夫と話しつつも、結局お返事を出しそびれていたのです…。

 

そうして2021年の夏の繁忙期が過ぎた頃、美砂子さんの訃報を知りました。突然のことにショックで言葉が出ませんでした。

 

数年前からご病気で治療を続けていたそうです。そういえば、美砂子さんに直接お会いして以来、なんだかすべて分かったような気になって、ほとんどkazusayaさんのブログなどを見ていなかった私。遅すぎるとは分かっていましたが、ブログを開くと、年明けしばらくしてから入院・闘病生活をなさっていたことを知りました。そして4月に永眠され、作り手を失ったkazusayaさんは5月に閉店なさいました。

  

感謝の言葉を直接でも文字にしてでも伝えられなかったことをずっと悔やんでいました。年中休みなく作り続けなければならない職人さんが、多忙の合間を縫ってわざわざ私たちのところに来て下さった時は、少し体調が良かったのかもしれません。そんな時だからこそ、持てるエネルギーを最大限使って1日1日を大切に充実させようとなさっていたのかもしれません。最初で最後の対面となってしまいましたが、美砂子さんから教えていただいたこと、美砂子さんから感じ取ったことのすべてが、今の私の糧となって、アインベルクの表に立つ自信につながっています。

 

美砂子さんがご自身のブログで表現されていたように、私も、アインベルクでの出会いや発見、感じたことをこのブログで書いて、多くの方がたに共有できればと思っています。美砂子さんやkazusayaさんほどの影響力は持ち得ませんが、ほんのちょっとでも誰かを刺激したり、癒やしたり、笑顔にすることができたらいいな…という思いを持って。

 

美砂子さん、心から、ありがとうございます。